【硫黄島(いおうとう)の海岸から持ち帰ったうずら石】





硫黄島は「父親たちの星条旗」「硫黄島からの手紙」等で最近注目されていますが大東亜戦争で米軍の死傷者が日本軍の死傷者を上回った激戦地でありました。現在硫黄島は東京都でありながら自衛隊の管理地ですから残念ながら関係者以外は立ち入ることは出来ません。硫黄島といえば栗林忠通中将が思い浮かびますが彼の辞世の歌三首:

(1)國の為重き努を果し得で矢弾尽き果て散るぞ悲しき
(2)仇討たで野邊には朽ちじ吾は又七度生れて矛を執らむぞ
(3)醜草の島に蔓る其の時の皇國の行手一途に思ふ

を読みますと中将の無念さが伝わつてきます。




平成六年ニ月初めて硫黄島の土をお踏まれになられた天皇陛下は以下のように詠われました。
天皇陛下御製

精根を込め戦ひし人 未だ地下に眠りて島は悲しき


【付加】硫黄島は日本名で「いおうとう」と呼ばれてきました。外人が発音しにくから名前を変えるのはよくないことです。




【栗林忠道中将】                         【硫黄島・擂鉢山】


9.38Km上空より硫黄島全景


島最南端にある擂鉢山


現在自衛隊が使用している滑走路


Google earth からの衛星空中写真を引用しました。


【九二式重機関銃用保弾板】

九二式重機関銃用の30発保弾板3連と薬莢です。硫黄島からの収集品です。違法な入手ではありません。








【重機関銃用弾薬投擲袋】





【硫黄島戦没者顕彰碑】
硫黄島戦没者の顕彰碑を硫黄島に建設し,その置物を御遺族に配られたものです。
陶器製で,12cmx16cmx3.5cmの大きさです。







【硫黄島での一式陸攻の日の丸部の外板】
硫黄島で、一式陸攻の機体を活用したトーチカは現在も残っています。
外側に日の丸の色が残り、内側にわずかに青竹色の機内色が残っています。




















【硫黄島に関する文献】


「散るぞ悲しき」:梯久美子著・新潮社
「栗林忠道硫黄島からの手紙」:半藤一利解説・文藝春秋
「硫黄島決戦」:橋本衛他著・光人社NF文庫
「硫黄島いまだ玉砕せず」:上坂冬子著・文春文庫
「歴史群像・硫黄島攻防戦」:2001oct.No.49 gakken社
「硫黄島」:ロバート.シャロッド著・光文社
「硫黄島・勝者なき死闘」:ビル.D.ロス・読売新聞社
「硫黄島の星条旗」:J.ブラッドリー,R.パワーズ・文春文庫

「十七歳の硫黄島」:秋草鶴次著・文藝春秋
「鎮魂の擂鉢山」:秋本昌治
「栗林忠道・硫黄島の戦い」宝島社
「栗林忠道・硫黄島の死闘を指揮した名将」:柘植久慶・PHP文庫

【DVD】

「硫黄島からの手紙」
「父親たちの星条旗」
「硫黄島・戦場の郵便配達」
「硫黄島の砂」


【VHS】

「硫黄島の砂」
「鎮魂・硫黄島」
「硫黄島決戦」











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